赤い靴
出典: ウィキ
RED SHOSE
あの人がくれた赤い靴。私はあまりに嬉しかったものだからそれを履いて教会に行ってしまった。禁じられていることも忘れて。
黒い靴を履いた人たちは怪訝そうに私を見た。
彼らの前で私は踊った。赤い靴を履いて踊る私の身体は軽く,疲れを知らなかった。
踊り続けていると頭のなかで声がした。それは神様の声だったかもしれない。
「おまえは死ぬまで踊り続けなければならない」
その声は私を非難するものではなかったし,祝福するものでもなかった。ただ事実を告げるといった淡々とした口調だった。
あの日からずっと私は踊り続けている。踊りながら日々を暮らし,踊りながら眠る。
黒い靴を履いた人たちは働き続け,私は死ぬまで踊るしかない。
チェンの店。リカコがタバコをふかしていた。今日は黒いサングラスをかけている。身体にぴったりと沿う赤いドレスを着て綺麗に伸びた白い脚を組んでいる。足の先を覆うのは踵がピンのように尖った赤いハイヒールだった。
テーブルの上にはコーヒーのカップが置かれていた。カップの縁には彼女の口紅の色が赤くついている。女はそれを紙ナプキンでふきとる。
店の壁にかけられた時計は午後2時を指している。
ドアが開いて店に若い男が入ってきた。男はちょっとくたびれた薄茶色のコートを着て
右手に小さなアタッシュケースをさげている。
男はサングラスの女のテーブルに座り、テーブルの上にアタッシュを置いた。
「俺がタイマーだ」
男は言った。
「私はリカコ。噂通りの時間通りね」
タイマーは自分の左腕につけた銀色のダイバーズウォッチをチラリと見て
「正確にはあと1分30秒ほどある」
と言った。
「いつやるの」
リカコは言った。
「1カ月待ってくれ」
「たったそれだけ」
タイマーはそれには答えず,アタッシュケースの留め金をパチリと外し、それを開ける。
「ここに入れてくれ」
タイマーは言う。
リカコはハンドバッグから封筒を取り出し、アタッシュに入れる。タイマーはそれを自分の手元に引き寄せ封筒の中身を確認する。
「足りないな」
タイマーは言う。
「今はそれだけしか用意できないわ」
「道具を準備するだけならこれだけでも足りる。しかし,俺の活動資金がない」
「今はそれだけしかだめなの。動くんだったら私の車を使ってもいいわ」
「寝る所もないんだぜ」
「それも私の所じゃダメかしら。とにかく余分にお金はないの。嫌なら話はなかったことにして」
アタッシュに手を伸ばすリカコ。
「キミはいいのか。俺なんかが一緒にいて」
「構わないわ。慣れてるのよ。そういうのには。あなたがちゃんと仕事してるか監視できるし」
「ならいい。商談成立だ」
タイマーは言い、アタッシュケースを閉める。
「どうせ,そんなもの1カ月後にはあまり意味のないものになるわ」
リカコは笑いながら言う。
「たぶん、そうだ。でも、もしも、ってこともある」
チェンがやってきてタイマーに注文を聞く。
「何になさいますか」と聞くチェンに
「コーヒー」
とタイマーは即座に答える。
チェンはオーダーを新しいレシートに書くとカウンターに戻った。
「さっき、もしもって言ったけど、そんなことって今まであったの」
リカコはちょっと不安げに聞く。
「ない。あったら生きていない」
タイマーは無表情を崩さずに言う。
「なんで、こんな仕事を続けてるの」
リカコは言う。
「言う必要があるか」
タイマーはリカコを睨んで言う。
「関係ないわね」
「そうだ。でも、言っておこう。これから1月一緒にいることだし」
しばし間をおいて
「生きるためだ。俺は今までそうやってきたし、これからもそうだろう。これでいいか」
とタイマーは言った。
また,しばし沈黙。そしてその後で
「サングラスを外してくれ」
タイマーが言う。
「え?」
「顔を見せてくれ。俺はあんたの質問に答えた。あんたも俺の言うことを一つだけきいてくれ」
「これでいいかしら」
リカコはサングラスを下にずらす。思いがけず子供っぽい無邪気な瞳が現れる。
「ありがとう」
初めてタイマーが笑みを浮かべる。
「相棒だと思ってくれていいわよ」
「頼りには出来ないな」
チェンがコーヒーを持ってくる。タイマーは一口コーヒーを啜る。
今から5年ほど前,俺がまだ大学に通っていたころの話だ。俺の親父はコンピュータのシステムを売る商売をしていたんだ。小さな会社だったけど,一応肩書きは社長だった。
ある日,父親が帰ってこなかった。連絡もなし。そんなことは今までなかったことだったんで,俺もお袋も心配した。
会社に電話をかけてみたんだけど,誰も出ない。そこでちょっと大げさだとは思ったが,警察に通報したんだ。
結果。少しも大げさじゃないってことが分かった。親父の会社は強盗に入られていたんだ。社員はマシンガンで皆殺しにされていた。そのなかにはうちの親父ももちろん入っていた。書類は全て持ち出されていた。会社の端末も全部これ以上壊しようがないほどぶっ壊されていた。
誰がやったか未だに分からない。でも手がかりはある。その時親父が手がけていたのはいかがわしい会社のシステムだった。そう,あんたの勤めているドールハウスのシステムだったわけさ。そしてその完成と同時に全員が殺された。調べてみると外注のエンジニアも全員殺されていたんだ。その念の入れようでかえって誰が何のためにやったか想像がついたってわけさ。でも繰り返すけど,証拠は何一つない。すべて消されているんだから。
でも奴等は書類は全部持ち出したつもりだったかもしれないけど,一部の極秘書類の持ち出しに失敗してるんだ。それは会社じゃなくネヴァダイの中央銀行の貸金庫にデータの形で保存されていた。
大学を卒業してからそいつが俺のところに帰ってきた。保管期間切れでね。
開いてみると,親父たちが殺された理由が分かった。2重帳簿さ。しかも隠された部分が凄く大きいんだ。ドラッグを扱っているからさ。
ドールハウスは今でこそ合法だけど,当時はいろいろあったんだ。最後はシンジケートが働きかけて今のような形になった。それまでストリートで流していた売春婦たちを管理できるようにしたんだな。ぽん引き達の利権を守りながら合法化に成功したんだ。
ドールハウスは売春だけど,売春じゃないっていうことさ。合法っていうはそういうこと。
で,ぽん引きたちの利権は守ったんだけど,そうするとプッシャーたちが黙っていなかった。クスリは今でも一応非合法のままだからな。そこで,ドールハウスを使って販売する方法を考え出したってわけだ。あんたも使ってるグリーンの販売とか,もっとちんけなアパシーの販売とかね。そういうことができるように,また,その売り上げが管理できるようにからくりをこしられたわけだ。
タイマーは一気にそこまでしゃべるとトマトジュースを飲み干した。
「で,あなたはどうしようっていうの」
「泥団子をこしらえようと思ってる」
「どういう意味?」
「Mudball詐欺っていうのをやるのさ」
ドールハウスは一定率でクスリの売人たちに金を貸している。その利子もその都度受け取っている。そして,銀行やら他の組織から金を借りたりもしている。Mudballっていうのはその時の小数点以下の端数をかすめとることさ。ドールハウスのシステムではその端数の処理が放置されている。裏の帳簿にも出てこない不明の金があるっていうことさ。普通はそれを上手い具合に処理するんだけど,その処理について仕様ができてないうちに関係者全員が殺されてしまった。その名義不明の金を全部いただこうってわけさ。
「もし,それがばれたら?」
「ばれたら殺される」
「ばれなかったら?」
「俺は一生遊んで暮らせる」
「俺たちでしょ」
「そういうことにしてもいい」
「ALLORNOTHINGね」
「半分のパンを食べてまで長生きしようとは俺は思わない」
「私もそう思うわ」
このようにしてたった2人の男女によって計画はすすめられた。
夜。部屋のなかにはベッドと木の台の上に置かれ
たテレビしかない。テレビはイブニングニュースを流している。
これは事件でしょうか。それともただの演出だったと言うのでしょうか。
天使と悪魔の声を持つと称される人気ロックバンド・ファルセッツのコンサート会場でファンの一部が暴徒と化し,16人が逮捕されました。
男は椅子に座り,アタッシュケースを台のように膝に置き,その上で携帯用のコンピュータのキーを叩いている。
ディスプレイ上には数字がめまぐるしく動き続けている。ディスプレイのバックライトが男の顔を青く染めている。
テレビはCMを流している。大手のコンピュータネットワークの広告で,デジタルアニメーションでいかにそのネットのセキュリティがしっかりしているかを強調する内容のものだ。
BGMは20世紀の古典。ビートルズのものがつけられている。
THE INNER LIGHT Gorge Harrison
Without going out of my door
I can know all things on earth
内なる光 ジョ-ジ・ハリスン
家から一歩も出なくても
僕には世界中のことが手にとるようにわかる
インター21なら今日からできる!
オンラインサインアップ時にはクレジットカードの番号をご呈示ください。
このコマーシャルを見るたびDJは笑ってしまう。
本当に大切なものはデジタルにはできない。
契約書は手書き。これが一番だ。でなければ口約束。そのほうがまだ確かだ。
俺は機械を信頼していない。信用していないってことじゃない。頼っていないってことだ。俺たちのような奴がやってきて,いつそれをおしゃかにするか分からないからだ。俺たちとはデータ・ジョッキー。
俺たちは非合法だ。
そうよ。うまくやるべきだわ。
リカコは思う。
リカコは贅沢に慣れてしまっていた。リカコの両親はリカコが5歳の時飛行機事故で死んでいた。物心ついて15歳になるまで施設に預けられていた。施設での暮らしは貧しく心底うんざりするものだった。1切れのパンを争って血が流れることさえあった。
しかし,15の時,突然保険金を含む両親の遺産と航空会社からの慰謝料がリカコに届けられた。
リカコはそれを使って今日まで生きてきた。
15歳からの4年間。今までの貧しさを取り戻すようにリカコは放蕩の限りを尽くした。マンションを買い,車を買い,夜毎遊びまわって,今日まできたのだ。
気がつくとあれほどあった預金はほとんど底をついていた。
リカコは恐かった。また幼い頃のようにパン1切れで争うような暮らしはごめんだった。
そんなことをするくらいならむしろ死んだほうがましだ,リカコは思っていた。
そんなリカコのもとに1本の電話がかかってきた。タイマーと名乗る男からの投資の相談だった。何回か話を聞くうち,この男は信用できそうだとリカコは思うようになった。
どうせこのままいっても恐ろしい未来しか待っていないのだと思うとタイマーの荒唐無稽な計画にむしろ賭けてみたい気分になっていた。
タイマーにはタイマーなりに計画を成功させたい理由があった。父親を殺された復讐とDJとしての挑戦心だった。
タイマーは狭い部屋に閉じこもり,なかなか出てこなかった。小さな端末のキーボードを一日中たたき,テストを繰り返していた。
「ねえ,なんで同じ事を何回もやるの」
リカコは聞いた。
「絶対に失敗はできないんだ。だからさ。やり直しがきけばいいけど,そうはいかない。やってみるのと,やるのとでは結論は同じなんだ。失敗したら後がないんだ」
怒ったようにそう言ったきりタイマーは黙ってしまう。そして,また端末を叩くのだった。
夜がくるとタイマーは昼間の服を着たままソファーで眠った。
眠る時もタイマーは何かを考え続けているようだった。時々足がぴくぴくと痙攣しているのが気になった。
そのようにして3週間が過ぎた。リカコの部屋はタイマーが新しく買った端末とそのケーブルで研究室のような雰囲気を醸し出していた。
小さく電子音が鳴った。自動作業完了の合図だった。データ・ジョッキー,タイマーの仕掛けたプログラムが働き,相手のコンピュータは彼の言いなりになった。
「結構ガードが堅かったね,あんたは」
独り言を言いながら向こうのコンピュータの経理システムに接触して,金を持ち出す。
金は直接自分の口座には入れず,一端スイス銀行に送金する。
この作業をすると足はつかない。スイス銀行の口の堅さは今でも変わりがない。どんな不浄の金もアルプスの雪で清められて,帰ってくるのだ。
向こうのコンピュータを「口説く」のに使ったツールを削除する。すべての仕事が終わってからタイマーは時計を見る。7時30分。
チェンはポケットから黒いメモ帳を取り出し,作業の記録を書き込む。
7月20日。午後7時30分。ネヴァダイ・ホスト接触に成功。作業完了。
タイマーが部屋から出てきた。
「シャワー借りるよ」
そう言って,タイマーはバスルームに消えた。
今日のタイマーは機嫌がいいようだ。シャワーを浴びながら鼻歌を歌っているのが聞こえた。
そして,タイマーはバスローブを着て,タオルで頭を拭きながら出てきた。
リカコの向かいのテーブルに座るなりタイマーは言った。
「完成した」
と一言。
「完成したって何が」
「全部さ。綺麗に仕上がった。エラー時の処理も含めて完璧さ。今走らせている」
リカコがタイマーに抱きついた。
「これで大金持ちね」
「それだけじゃない。今日,凄い発見をしちまったんだ」
「どんなこと」
「リカコ,キミはすげー美人だ。今すぐ抱きたい」
タイマーはリカコにキスをした。
「1カ月分の愛をキミにあげよう」
タイマーはリカコを抱きあげ,ベッドルームへと向かった。
次の日リカコはいつもより早く目が覚めた。
タイマーの仕事がうまくいっているとすれば,大金が口座に振り込まれているはずだっ
本当にそんな夢のようなことが出来るのかリカコは確信することができなかった。
た。
タイマーはまた端末のある部屋に戻ってしまっていた。
なんて情緒のない男なのかしらとリカコは思う。しかし,まんざら悪い男ではない。
「タイマー,銀行に行ってきていい」
呼びかけるとタイマーが出てきた。
「ちょっと,待った」
タイマーはもう身支度を整え,トレードマークのアタッシュケースまで手に持っている。
「困ったことになった。俺たちは虎の尻尾を掴んじまったらしい」
といつもながらタイマーは抽象的なことを言った。
「どういう意味」
「奴等は俺達が考えるよりずっと大雑把な経理をやっていたんだ。会計上得体の知れない金が全部昨日つついた場所に流れこんできていた。しかも使途は定められているようだ。あんたのボス,サキのポケットマネーさ」
「全部それを吸い出してしまったから,サキはまずそのことに気づいてると思う」
「ああ」
リカコは目の前が真っ暗になった。
「今すぐ逃げよう。少なくともこの街から遠くへ。銀行で当座の金を引き落としたらロケットでブラジルに飛ぼう」
とタイマーは言った。
「ずるい奴ってのはいるもんだ。サキは相当の悪だぜ」
自分のことを棚にあげてタイマーは言う。
「あんたピストル持ってるかい。俺はこれしか使えないけど」
とタイマーは懐からデイリンジャーを取り出した。
「ハイドロマチックが机の抽斗のなかにあるわ。持ってるけど,撃ったことはない」
「それは予想外だ。それはいい」
タイマーは抽斗を開け,S&Wのハイドロマチック拳銃を点検した。
「予備の弾まであるじゃない」
と箱をアタッシュに入れた。
「パスポートの用意がないわ」
リカコは言った。
「用意はある。俺が用意しておいた」
とタイマーが言った。
「これがエラー時の対応だ。どんなことがあっても俺は無駄に死んだりしない」
とタイマー。
「どうすりゃいいの」
と崩れそうになるリカコの肩を抱き,
「大丈夫。まだダメだと決まったわけじゃない」とタイマーは言った。
リカコとタイマーは車に乗り中央銀行に行った。リカコだけが車を降り,キャッシュディスペンザーの前に並ぶ。
何かあった時怪しまれないように,ビジネスっぽい紺色のスーツを着てきたのだが,もしものことがあったら,こんなことは無意味だとも思った。彼らは情報を握っているのだから,言い逃れができるはずはない。そう考えると自分自身が滑稽に思えた。
まずカードで預金残高を確認する。あらかたタイマーの仕事料のために引き出してしまっているはずの口座に,今まで見たこともない桁数の預金があるのを確認してリカコは今更ながら驚いた。
ディスペンザーでの取引の上限額ぎりぎりを引き下ろし,車に戻ろうとすると,銀行員が2人駆けつけた。
「リカコ様ですね」
2人のうち背の高いほうが言った。
リカコは一瞬,すべてがこの男たちにばれてしまったのではないかと危惧した。無意識のうちに足が早歩きになる。
それを背の低い中年の銀行員がとめた。
「リカコ様,失礼ですが,その金額でしたら,オンラインで送金されたほうが安全かと思いますが」
笑顔を作って中年が言った。
つられてリカコの顔にも笑顔がこぼれる。そして,この男たちが何も知らないようだと分かり余裕が出てきた。
「ごめんなさい。急いでいるの。どうしても現金でしかだめなの」
「失礼ですが,どういった理由でしょうか」
「ホント,失礼ね。私のお金をどう使おうが関係ないでしょ。違うかしら」
ちょっと強い語気でリカコは言う。その言い方はいつかタイマーがなぜこの仕事をしているのか答えた口調に似ていた。
「失礼いたしました」
2人は退散する。
リカコが戻ってくると同時にタイマーは車を発進させた。
大陸間ロケットポートへ向かう。
CDがファルセッツの水晶の夜を再生している。
。
ここはおれたちの街。これは俺たちの家。
これは俺たちの仕事。これは俺たちの金。
「そうよ,これはあたしたちのお金なの」
リカコは金の入ったハンドバッグを抱きしめる。
「もっと急いで!」
ヒステリックにリカコが叫ぶ。
「だめだ。急ぐときほどゆっくりやるんだ」
それがタイマーの信条だ。計画さえきちんとできていれば慌てなくても大丈夫。
タイマーはアクセルを踏みすぎるのを避けている。むしろ今スピード違反で捕まったほうが,命は危ない。
ロケットポートに着いた。そこには既にサキの部下たちが待ちかまえている。
車を駐車場に停め,2人は歩きだす。リカコはしっかりとタイマーの腕をかかえている。
「向こうに待ってる奴が大勢いるんだ」
とタイマーは言う。
向こうとはブラジルのことなのか,あの世のことなのか,リカコには分からない。
「サキと直接話したい。悪くない話だ」
とタイマーはサキの部下の一人,黒い背広にサングラスの男に小声で言う。
「ふざけるな」
サングラスは内ポケットに入れたピストルに手をやる。
「話せば絶対に分かる。引き金を引くのは話し合いの後でも間にあう。今のままではあんたの命も危ない。そのことが分かるのはサキだけだ。これは引き延ばしじゃない」
とタイマーは言う。
「ふざけたまねをしてくれましたね」
という声がする。
黒服たちの間を縫うようにしてサキが現れる。いつものように漆黒のドレスを着ている。
タイマーはアタッシュケースからカメラを取り出す。一瞬黒服たちの手がホルスターに伸びるがカメラだと分かり保留される。
「撃てば良かったのに。これはカメラだぞ」
とタイマーは言う。
「カメラで人は殺せませんよ」
と笑うサキ。
「いや,あんたは死ぬ」
とファインダーをのぞき込んだままでタイマーは言う。
「サキさん,あなたなんでまた,来てくれたんだ」
「それは・・・」
と言い,サキは口ごもる。
「このカメラからの映像はインター21に送られている。俺達が死ぬ時,その衝撃的映像はネットワークに流れる。ついでに俺が今朝書いておいたあんたのお小遣いの秘密と一緒にね。あなたのシンジケートのなかにもインター21と契約している人はいるんじゃないのかなあ」
「む・・・」
サキは何も言えない。
「あの金はもともと誰のものでもない。その存在に気づいたものが使えばいい。俺達を生かしておけばそのことは誰にも公開しない。なぜなら,その事を喋るということは,俺達が監獄にぶちこまれるということだからだ。2度とあの金にも触らない。これは口約束だが,絶対に破らない。あんたは今まで通りあの金を管理できる。それでどうだろう」
「せいぜい長生きしなさい。私以上に」
サキは言う。
「ああ,そうするよ。サキさん,あなたはなかなか頭のいい方だ。敬服いたします。しかも部下思いでらっしゃる。リカコの旅立ちにこんなにお集まりいただいて,感激しております。それでは私たちはたびだつことにします。さようなら」
それからタイマーはカメラのスイッチを切ることはなかった。私たちはそれからもインター21につないだビデオカメラの前で食事し,眠り,愛し合っている。初めは嫌な気分だったが,そのうちタイマーもリカコもそのことに慣れてしまった。2人が生きている限りその映像が流れることはないのだし,もし不幸にも2人が殺されてしまう時にはこの映像を見て恥ずかしがることはないのだから。
赤い靴を履いたら死ぬまで踊り続けるしかない。どうやら私たちは踊りが心底大好きらしいのだ。
(おわり)
