霧島病
出典: ウィキ
大出雲市の埋蔵文化財の危険性が最初に指摘されたのは西暦2002年のことである。 出雲大社の発掘調査に携わっていた作業員40名のうち25名が心身に変調をきたし、死亡したのだ。 死亡したのは全員、県外出身者たちだった。 土器に付着していた新種のウィルスが原因と判明した。そのウィルスはヘルペスと同じく神経に巣食う。 感染後、48時間程度で、発熱と幻覚の後、呼吸困難を起こして死に至るのだ。
ワクチンはすぐに製造された。生き残った15名の血液中にはすでに抗体があったからである。 新種ウィルスへの感染は発見者の名をとって、霧島病と名づけられた。 安全宣言が出された後、西暦2003年10月から、出雲神社の調査は再開された。
